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    【通釈】 起句 龍門山の下の谷川の水で、塵に汚れた冠の紐を洗い、承句 閑人となって、今後の生涯を過ごそうと思う。
 転句 種々雑多なつまらない事に体力を用いないで、
 結句 山に登ったり、水辺に遊んだり、自然の中に詩を詠じつつ、気ままに生を楽しもう。
 
 【語釈】 龍門  龍門山をいう。河南省、洛陽の南十三㎞。伊河を挟んで西に龍門山(西山)、
 東に香山(東山)がある。石窟で有名。
 澗   谷川。
 塵纓  ちりのついた冠の紐。転じて俗世の官職。
 濯塵纓は、ここでは、激しい党争の中の官職から遠ざかる意。
 擬   ・・・しようとする。
 間人  閑人、ひまな人。
 筋力  体力。
 
 【押韻】 平声、庚韻。纓、生、行。
 
 【解説】 白居易(772‐846)は中唐を代表する大詩人。この人の詩は、本欄でもすでに多数
 鑑賞している。
 文宗の太和三年(829)、いわゆる牛党と李党による激しい党争を嫌い、白居易は病と
 称して刑部侍郎という官職を去って洛陽の郊外の履道里に隠棲し、朝廷から太子賓
 客という閑職を与えられた。時に五十八歳。
 この年、自ら龍門山の香山寺に遊びこの詩を作った。以後彼はしばしば香山寺を訪れ
 僧と交り、自ら香山居士と称した。
 官は宰相をも望める高位にまでのぼり、同時に当代最高の文人としての名声を擅
 にし、寿は当時稀にみる七十五歳という長寿を全うし、自ら幸福な人生を詠じ続け
 つつ、清らかな晩節を全うした白楽天の晩年、禅門に近づいた当時の心境を知るに
 足る清らかな作品です。
 (玉井幸久)
 
 
        
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