「胡隠君(こいんくん)(たず)ぬ」 高啓(こうけい)

   渡水又渡水

   看花還看花

   春風江上路

   不覺到君家

      花の旧字はパソコンにないため常用漢字を使っています


    (みず)(わた)り (また)(みず)(わた)り、

    (はな)() (また)(はな)()

    春風(しゅんぷう) 江上(こうじょう)(みち)

    (おぼ)えず (きみ)(いえ)(いた)る。

    中国語による上の詩の朗読
田原健一氏画
    【通釈】 起句 川の水を渡り、更にまた川の水を渡り、
             承句 花をながめ、更にまた花をながめながら、
             転句 春風に吹かれて川ぞいの路を行くと、
             結句 知らぬまにあなたの家に着いていました。

    【語釈】 胡隠君 隠者の胡なにがし。胡は人名。
           隠君は隠者の尊称。世をのがれた有徳の人、隠君子
             水  川やクリークをさす。 江南地方はクリークが網の目のように多い。
             還  また。
             江上 川ぞい。川のほとり。
             不覺 気がつかない。

    【押韻】 平声六麻韻、花、家。

    【解説】 江南ののどかな春の風物を唱いあげた傑作です。水郷の花咲く路を一人悠然と隠者を
       尋ねる姿が眼前に浮ぶようです。詩の平仄の構成は変格で、起句は渡水という仄字を、
       承句には看花という平字を夫々重ねて用いていますが、これを対句とすることにより、
       詩趣の見事な表現に成功しています。
       作者 高啓(1331-1374)は明代初期第一の詩人。蘇州の生れ。元朝末期の戦乱を避
       けて、呉淞(上海郊外)に閑居した。この詩はその頃の作と思われます。
       なお、その後本人は、明の太祖の召しに応じて「元史」の編纂に当ったが、1374年、
       太祖の怒りに触れ処刑された。
                                          (玉井幸久)