登科後
           孟郊

   昔日齷齪不足誇

   今朝放蕩思無涯

   春風得意馬蹄疾

   一日看盡長安花

   (PCにない旧字は常用漢字を
   用いています)




     (とう)()(のち)    孟郊(もうこう)

   昔日(せきじつ)齷齪(あくせく)(ほこ)るに()らず、

   今朝(こんちょう)放蕩思(ほうとうおも)(はて)()し。

   春風(しゅんぷう)()()()蹄疾(ていはや)く、

   一日(いちにち)()()くす長安(ちょうあん)(はな)

 中国語による上の詩の朗読朗読
田原健一氏画


    【通釈】 起句 かって受験勉強に明け暮れた日々は、小さい事にこだわりこせこせと、何の自慢
          にもならない毎日であった。
             承句 しかし合格の知らせを聞いた今は、解き放たれてほしいままに、思いははてしな
          くひろがってゆく。
             転句 心地よい春風のもと、馬蹄の音も軽やかに馳せて、
             結句 一日中、都 長安の花という花をすべて見つくすのだ。

    【語釈】 登科 科挙に合格すること。
          科挙は随代に始まり、清代まで続いた中国の伝統的は高級官吏登用試験。
            昔日 むかし、さきごろ。
             齷齪 こせこせするさま、小さい事にこだわるさま。
             放蕩 ほしいまま。
             得意 望み通りになること。又心地よいこと。
             馬蹄 馬のひづめ、又人の乗っている馬
             長安 唐の時代の都、長安。

    【押韻】 平声 六麻韻   誇、 涯、 花

    【解説】 春は昔も今も試験合格発表の季節でもある。この詩は科挙及第の喜びを詠じたもの。作
       者 孟郊(751-814)は中唐の人。若くして洛陽の近くの嵩山(すうざん)に隠棲してい
       たが、母が諭されて発奮、長安に出て科挙に挑んだ。何回も落第した後、貞元12(796)
       年ようやく及第、已に46歳になっていた。この積年の努力が報われる喜びが詩全体から
       感じとれる。
       当時、科挙合格者は先ず長安の曲江で宴を開き、更に都内各処の名園の花を回るならわ
       しであったという。
       尚、孟郊には落第した時の詩も複数残されており、その一つを下に掲げます。
          再下第
         一夕九起嗟   一夕(いつせき)()たび()きて(なげ)
         夢短不到家   (ゆめ)(みじか)くして(いえ)(いた)らず
         兩度長安陌   (ふたた)(わた)長安(ちょうあん)(みち)
         空將涙見花   (むな)しく(なみだ)()って(はな)()
       両詩を併せて、古今を通じて変らぬ、受験の哀歓を感動深く詠じた佳作といえます。 了
                                           (玉井幸久)