【通釈】 起句 静かで深い竹やぶの奥(にある館)にひとり座って、 承句 琴をかなで、又声長く詩を吟じる。 転句 この深い林の中のこと、知る人はいないが、 結句 明月だけが訪れて、照らしてくれるのだ。 【語釈】 幽篁 静かな竹やぶ。奥ふかい竹やぶ。篁は竹やぶ。 裏 うち、なか。 弾琴 琴をひく、琴をかなでる。 長嘯 声を長くのばして詩を吟じる。 深林 深く茂った林。 明月 あきらかな月、晴れた夜の月。 相照 照らす。相互に照らすという意味ではない。 【押韻】 去声嘯韻、 嘯、照。 【解説】 王維(699- 761)は盛唐を代表する大詩人の一人。一歳年下の弟 王縉(おうしん)と 共に若くして俊才のほまれ高く、二十一歳で進士及第。 詩風は典雅、静謐と評されている。詩の他に書、画にも秀で、又琵琶の名手でもあ った。又家族思いで、兄弟仲がよく、熱心な仏教信者で、三十歳の頃妻を亡くした 後、一生再婚しなかったという。 官位は昇進と挫折を経験、特に安禄山の乱では一時賊軍に捕えられ、大きな挫折を 味わった。 四十歳を過ぎた頃、長安の南東の渓谷、輞川(もうせん)の地に広大な別荘地を手に 入れ、余暇には親交の裴迪(はいてき)と共にここに籠り、詩を作り、琴を弾じ、仏 教を論じて楽しんだ。別荘地内の多くの景勝地に夫々名称をつけ、それにちなんだ 詩が輞川集と題して残されている。 此の詩はその一つで、竹里館とは竹林の中の館(やかた)の意で、そこでの自らの楽 しむ様を詠じた絶唱です。 この詩は、古来日本人の心をとらえ、画や詩吟の題材となってきました。又夏目漱 石は「草枕」の中でこの詩を引用し「只二十字のうちに優に別乾坤を建立している。 ・・」と評しています。 (玉井幸久) |