涼州詞  王翰


   葡萄美酒夜光杯


   欲飮琵琶馬上催


   醉臥沙場君莫笑


   古來征戰幾人囘






    涼州(りょうしゅう)()  王翰(おうかん)


   ()(どう)()(しゅ) ()(こう)(はい)


   ()まんと(ほっす)れば ()() ()(じょう)(もよお)


   ()いて()(じょう)()(きみ)(わら)うこと()かれ


   ()(らい) 征戦(せいせん) 幾人(いくにん)(かえ)




 中国語による上の詩の朗読朗読






田原健一氏画
    【通釈】 起句 葡萄のうま酒を玉の様になみなみ注げば、杯は夜空の星の光をうけて赤々と輝く。
             承句 いざ飲もうとすると、そばでは馬上で琵琶をかき鳴らす者がいる。
             転句 飲む程に酔いしれて、そのまま砂漠の上に倒れふしてしまう。この姿を諸君笑わないで
          くれたまえ。
             結句 昔からこの辺塞の地に出征して来た兵士のうち、無事生還出来た人が幾人いるだろうか。
     
    【語釈】 涼州詞 涼州は地名。今の甘粛省武威県。
          唐の開元年間、この地の長官が塞外の歌を集めて朝廷に献上し「涼州宮調曲」と呼んだ
          ことからこの名が始り楽府題(がふだい、宮中に採録された歌曲題)となった。
          その後、多くの詩人がこの題の詩を作った。辺塞の風物や出征兵士の苦しみを詠じたも
          のが多い。
            葡萄美酒 葡萄酒をいう。
          葡萄及び葡萄酒は、いずれも西域から伝わった。古くは周の穆王(ぼくおう)のとき西
          の胡人が伝えたという伝説があり、漢の時代 はじめて葡萄を植えたという。
          又、唐の太宗のとき、西域の高昌国を破り、葡萄の実を持ち帰り、葡萄酒を醸造、長安
          の人はじめてその味を知ったという記録がある。
             夜光杯 名玉(白玉)で作った杯で、夜中に光を放つという。
          周の穆王のとき、「西胡(西域の胡人)夜光常満杯を献ず、盃は是れ白玉の精にして・
          ・・」とある伝説に基く。
          但し、この詩の場合は、夜空の星の光に、きらりと輝く葡萄酒の杯を、この伝説の名器
          に見立てて詠じたもの。
             琵琶 弦楽器。これも西域から伝来された。馬上で弾くものという。
             砂場 砂漠 或いは砂漠の戦場。
             君  広く読者、世人一般に向っていう。
             征戦 戦争に征く。

    【押韻】 平声 十灰韻  杯、 催、 囘(回)。

    【解説】 王翰(687?-726?)は并州晋陽(山西省太原)の人。唐の景雲元年(710)進士及第。豪放な性
       であったという。
       この詩は塞外の地に出征した兵士の心情を詠じたもので、辺塞詩の最高傑作の一つに数えられ
       ているものです。起句、承句で葡萄酒、夜光杯、琵琶の三点で都を遠く離れた西域での酒盛り
       であることを示します。
       転句では一転して、砂漠の砂の上で酔いつぶれるという殺伐とした情景を演出し、結句で「一
       体自分は生きて故郷に帰れるのであろうか?」という兵士のぎりぎりの心の叫びを詠じて読者
       に迫ります。
       ある人はこの詩を「征夫の心情を写し出して、語は極めて壮んであるが、意は極めて悲しい」
       と評しています。
                                        (玉井幸久)