「夜雨寄北」  李 商隠

   君問歸期未有期

   巴山夜雨漲秋池

   何當共翦西窓燭

   却話巴山夜雨時

    「夜()()(きた)()す」 () 商隠(しょういん)

   (きみ)帰期(きき)()うも(いま)()()らず、

    巴山(はざん)()()秋池(しゅうち)(みなぎ)る。

    (いつ)(まさ)(とも)西窓(せいそう)(しょく)()り、

    (かえ)って巴山(はざん)()()(とき)(はな)すべき
 中国語による上の詩の朗読朗読
田原健一氏画
    【通釈】 起句  あなたは手紙で、私の帰る日を尋ねてよこしたが、その時期はまだわかりません。
             承句 ここ巴山のあたりでは、いま夜の雨が降りしきり秋の池にみなぎっています。
             転句 いったい、いつになれば、あなたの部屋で一緒に灯心を切り乍ら、(夜のふけるまで語り合い)
             結句 巴山に雨の降る、この寂しい今夜のことを、かえって楽しく話すことが出来るだろうか。

    【語釈】 夜雨 夜の雨。
             寄  よせる。おくる。伝える。
             北  作者の居る巴国の北方に当る長安をさす。又北堂(主婦の居所、転じて主婦)の略でこの場合
          長安に居る妻を指すとも解される。
             歸期 かえる時期。  
             巴山 四川省にある山の名。長安のある陜西省を隔て、その南は巴国。
             何當 いつなったら・・・だろうか。
             西窓 西の部屋の窓。又婦人の部屋をいう。
             翦燭 灯心の燃えかすを切って明るくする。
             却  あとに述べることの方向が、それまでの文脈から変ることを示す副詞。

    【押韻】 平声、四支韻   期、池、時。

    【解説】 李 商隠(812?- 858)は晩唐の詩人。開成二年(837)進士及第。詩風は繊細、優美、典故のある語を多
       用し、難解な作品が多い。又恋愛詩に独特の境地をひらき、多くの傑作を残している。 この詩は、
       蜀(四川省)に赴任中の作者が、長安に残している妻に送ったものとす るのが一般的であるが、むしろ
       相手は秘めた恋人とする方が味い深いとする説に も説得力がある。 詩中、特に難解な語は用いず、
      「巴山夜雨」の語を二度使い、詩題の「夜雨」と 併せて、旅先の孤独の寂しさのうちに相手の女性を
       思う気持ちを美事に表現したもので、恋愛詩人李 商隠の面目躍如たる代表作の一つと云えます。
                                        (玉井幸久)