【通釈】 起句 人は私に、どういう考えで緑深い山中にひきこもっているのですかとたずねるが、
承句 ただ笑って答えない。しずかでのどかな私の心の中は簡単に説明出来るものではない。
転句 咲きみだれる桃の花が、流水の上に散り、はるかに流れ去ってゆく。
結句 ここには、俗世間とは違う別の世界があるのだ。
【語釈】 何意 どういう考え。
棲 すむ。いこう。隠棲する。
碧山 樹木の青々と茂った山。
閑 のどか。しずか。
桃花流水 世俗を離れた別天地。「桃源境」を表現する語。陶淵明作「桃花源記」の
故事による。昔、晋のとき、武陵の一漁夫が桃林中の流れをさかのぼって
洞窟に入り、その先方に開けた地に出て秦の遺民の住む別世界に遊んだと。
窅然 奥深く遠いさま。
人閒 「じんかん」と読む。俗世間。
【押韻】 平声、刪韻。山、閑、閒
【解説】 この詩は李白(701‐762)の五十三歳の頃の作とされている。
先に讒により都長安を逐われてから十年、この年作者は河北、河南から江南の各
地を歴遊していた。
この詩のポイントの一つ、承句の「笑而不答」は、陶淵明の詩「飲酒」の「・・・
菊を采(と)る東籬の下、悠然として南山を見る、山気日夕に佳(よ)く、飛鳥相与
(とも)に還(かえ)る、此の中(うち)に真意有り、弁ぜんと欲すれば已(すで)に言を
忘る。」と同じ趣向で、隠逸の世界の真意は俗人に対して説明し難いことをいう。
作者が生涯あこがれ続けた隠逸生活への思いをそのまま詠じた、詩仙李白の面目躍
如の佳作です。
(玉井幸久)
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