「(しゅん)()」 ()(しょく)

  春宵一刻直千金

  花有淸香月有陰

  歌管樓臺聲寂寂

  鞦韆院落夜沈沈


   (しゅん)(しょう)一刻(いっこく)(あたい)千金(せんきん)

   (はな)清香(せいこう)あり(つき)(かげ)あり。

   歌管(かかん) 楼台(ろうだい) (こえ)寂寂(せきせき)

   鞦韆(しゅうせん) 院落(いんらん) (よる)沈沈(ちんちん)

    中国語による上の詩の朗読
田原健一氏画
    【通釈】 起句 春のよいひとときは、千金の値うちがある。
             承句 花は清らかな香りを放ち、月はおぼろにかすんでいる。
             転句 たかどのから聞こえていた歌声や笛の音も、今はひっそりと消え、
             結句 ぶらんこに乗る人もいない中庭に、夜は静かにふけてゆく。

    【語釈】 一刻 ひととき、わずかな時間。
             直  あたい、値に通じる。
             月有陰 月がおぼろにかすんでいる。陰はくもる意。
             歌管 歌ごえと笛の音。
             樓臺 たかどの、楼閣。
             寂寂 ひっそりと静かなさま。
             鞦韆 ぶらんこ。当時女性の春の遊びであった。
             院落 かきねで囲んだ屋敷。中庭。
             沈沈 夜のふけるさま。静かなさま。

    【押韻】 平声十二侵韻、金、陰、沈。

    【解説】 花かおるおぼろ月夜の風情を美事に詠じた佳作です。
       この詩は古来日本人に最もよく知られた漢詩の一つで俳句や謡曲に多く引用されてい
       ます。
       特に起句は今日でもこれを知らぬ人はまれでしょう。
       蘇軾(1036 –1101)は北宋代最高の詩人・文豪。この人の秀作「飮湖上初晴後雨」は
       昨年六月鑑賞しました。
       なお,転句の末尾二字寂寂は細細としているテキストもあります。
                                   (玉井幸久)