九月十三夜陣中作 上杉謙信

   霜滿軍營秋氣淸

   數行過雁月三更

   越山倂得能州景

   遮莫家鄕憶遠征

   (PCにない旧字は常用漢字を
   用いています)

    

  九月(くがつ)十三夜(じゅうさんや)陣中(じんちゅう)(さく) 上杉(うえすぎ)(けん)(しん)

  (しも)軍営(ぐんえい)()ちて秋気(しゅうき)(きよ)

  数行(すうこう)()(がん) 月三(つきさん)(こう)

  越山(えつざん)(あわ)()たり能州(のうしゅう)(けい)

  遮莫(さもあらばあれ)家郷(かきょう)遠征(えんせい)(おも)うを

中国語による上の詩の朗読朗読

鈴木栄次氏画


    【通釈】 起句 霜は陣営を白く(おお)い、秋の気は清くすがすがしい。
        承句 空を渡る幾列もの雁の影を、真夜中の月がさえざえと照らしている。
        転句 越後越中の山々に能登を併せ、我が領土として眺めるこの景色の何とすばらしい
          ことよ。

       結句 故郷では家族たちが、遠征の結果を案じているであろうが、これはそれとしてお
          いて、今宵はこの月を楽しもう。


    【語釈】 
九月十三夜  陰暦九月十三日の夜。陰暦八月十五夜「中秋の名月」を愛でる風習は
              唐代に始まったとされるが、九月十三夜の月見の宴は、平安末期わが
              国の貴族の間で始まったとされる。
       軍營  陣営。軍隊の営所。
       三更  五更の第三の時刻。今の午前零時前後。更は夜間の時刻の称呼。一夜を五更に
          分ける。
       越山  越後(新潟)・越中(富山)の山々。
       能州  能登の国。
       遮莫 「さもあらばあれ」と読む。それならばそうしておこう。ままよ。どうでもよい。
       家鄕  故郷。ここでは故郷の家族。
       遠征  遠く行く。遠国を征伐する。

    【押韻】 平声、庚韻、淸、更、征。

    【解説】 上杉謙信(1530-1578)はわが国戦国時代の武将。
       越後守護代長尾為景の第三子。幼名虎千代、元服して景虎、出家して謙信と称した。
       長尾家を継ぎ越後の国を統一、のち上杉憲政から上杉氏を与えられ関東管領(かんれい)
       職となった。
       天正元年(1573)越中を平定、翌天正二年(1574)加賀に攻め込み、九月、七尾城をお
       としいれた。この時たまたま十三夜で、月色明朗であったので、軍中に酒を置いて諸将
       士を集め、宴酣にして、この詩を作ったとされている。謙信の得意の姿が目に見えるよ
       うである。謙信は武勇にすぐれていたのみならず、信仰心あつく文芸に 親しみ、多能
       多才の典型的戦国武将であった。
       この詩は日本人の漢詩の中で、頼山陽の「題不識庵撃機山図」と並び古来最も一般に親
       しまれて来た作品と言えるでしょう。

                                       以上
                                         (玉井幸久)