【通釈】 起句 木々の露に話しかけ、又風と語りあっているように聞こえる蟬の声は規則
正しくひびき、
承句 秋にうたい、夏に吟じている声は常に音階にかなっている、
転句 この無心に鳴く声には、いささかの迷いも無いのに、
結句 それを聞く悩み多き人間が、いたずらに心を痛め悲しむのだ。
【語釈】 典章 規則、制度。
宮商 音楽の調子。宮・商はいずれも音楽の五つのねいろの一。
一些 わずか
煩惱 (仏語)、心の迷い。人の世の欲情のわずらい。
自是 自然と
愁人 心に愁いや悲しみを持っている人。又詩人をいう。
枉 いたずらに。むなしく。
斷腸 はらわたがちぎれるほどの思い。非常な悲しみ。
【押韻】 平声、陽韻。章、商、腸。
【解説】 楊萬里(1127‐1206)は南宋の人。
陸游、范成大と共に南宋三大詩人と評されている。紹興二十四年(1154)進士に及第、
中央、地方の官職を歴任した。性格は剛直、私生活は清潔であった。晩年は隠棲し
たが、病床にあって権臣の暴政をいきどおり憤死した。
詩風は自由豁達、新鮮な発想を身上とし、作品は四千二百首に達するという。
夏の風物詩とされる、無心に鳴く蟬の声に詩人達は季節のうつろいや、生のはかな
さを感じて愁いの対象とする。
この当時、南宋は北方金国からの圧迫に苦しみ、内には政争が絶えず、政治家楊萬里
の悩みは尽きなかったであろう。
この詩の結句に配した断腸の語は単なる詩的修辞ではなく、憂国の詩人政治家楊萬里
の心底からの絶唱として鑑賞すべきでしょう。
(玉井幸久)
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