「閨怨(けいえし)」 王 昌齢(おう  しょうれい)


  閨中少婦不知愁

  春日凝粧上翠楼

  忽見陌頭楊柳色

  悔教夫壻覓封侯


   (けい)(ちゅう)(しょう)() (うれ)いを()らず

   (しゅん)(じつ) (よそお)いを()らして(すい)(ろう)(のぼ)

   (たちま)ち (はく)(とう)(よう)(りゅう)(いろ)()

   ()ゆらくは ()(せい)をして
   (ほう)(こう)(もと)めしめしことを

    中国語による上の詩の読詠朗読
田原健一氏画

    【通釈】 起句 婦人部屋の若妻は、まだ人の世の愁いも知らず、
             承句 うららかな春の日に念入りにお化粧をしては、美しい高殿から
           ぼんやりと景色を眺めている。
             転句 ところが、ふと街路のほとりの柳の芽ぶく色を見て、
             結句 急に夫が恋しくなり、出世をもとめて夫を戦場に送り出したこ
          とを後悔するのだ。

    【語釈】 閨怨 夫と離れている妻の悲しみ・怨み。閨は夫人の居室。
             少婦 年若い人妻。
             凝妝 念入りに化粧をする。厚化粧をする。妝は粧の本字。
             翠樓 青く塗った高殿。婦女の住居の形容。
             忽  にわかに、ふと。
             陌頭 街路のほとり。
             揚柳  やなぎ。揚はねこやなぎ。柳はしだれやなぎ。唐の時代、人を
          送別する時、無事の帰還を祈って柳の小枝を輪にして贈る風習
          があった。
             敎  ・・・をして・・・せしむ。使役の助動詞。
             夫壻 夫、おっと。
             覓  もとめる、求。
             封侯 侯(領主・大名)に封ぜられること。

    【押韻】 平声十一尤韻、 愁、 樓、 侯。

    【解説】 王 昌齢(698-755?)は盛唐の人。727年進士及第。官途についたが、
       細行にこだわらぬ性格から官職は不遇であった。
       詩人としては、李白、孟浩然等と深く交り、多くの美しい詩をのこした。
       特に官怨(官女のかなしみ)、閨情 等の詩に関しては古今独歩と評せ
       られている。
       この詩は、その代表作の一つで、起承転結の巧みな構成により若妻の思
       いを美しく唄い上げた佳作です。
                                 (玉井幸久)