【通釈】起句 春の江水は満々と深いみどりの色をたたえ、その水面に浮かぶ
白鳥の白はいよいよ鮮やかに目にしみる。
承句 周辺の山々はさ緑に包まれ、その中に花々は燃え立つように紅
く咲きほこっている。
転句 今年の春もまた、こうして見ているまに過ぎてゆく。
結句 世の中の乱れが収まり、わがふるさとに帰れる年はいつのこと
であろうか。
【語釈】江 ここでは長江(揚子江)の支流で、蜀(四川省)の成都を流れる錦
江を指す。一般に長江以南では、大きな川を江と呼び、北方で
は河と呼ぶ。
碧 深いあおみどり色。
逾 いよいよ。ますます。
燃 火がもえ立つように紅く照りはえる意。
看 見ているまに。時間や状態がすみやかに経過する意。
帰年 故郷に帰る時期。
【押韻】 平声 一先韻。 燃。年。
【解説】 心ならずも故郷を離れ、帰郷の見通しも無いまま、異郷の地に空
しく春景色を眺める、やるせない心境を唄った詩です。詩題の「絶
句」は、深刻な思 いを表す適当な題が思い浮ばなかったことに由る
ものでしょう。杜甫には「絶句」と題した
詩が他にもあります。
杜甫(712〜770)は李白と並び盛唐詩人の双璧をなし、李白が詩仙
と呼ばれるのに対し詩聖と呼ばれる。鞏県(きょうけん)、今の河南
省に生まれ、若くして各地を遊歴。長安に上り、科挙に挑んで失敗。
杜甫44歳の時、安禄山の乱が起り大いに苦しみます。更にその後う
ち続く兵乱と長安の大飢饉に見舞われ、48歳の時、家族を伴って長
安を離れ、蜀の成都に難を逃れこの地に滞在します。此の詩はその
頃の作とされています。
今、東日本大震災と放射能の被害から逃れ、異郷の地での生活を
余儀なくされている人々に思いをはせつつ、この詩を選びました。
帰年の一日も早からんことをお祈り致します。
(玉井幸久)
|